いくつになっても末っ子気質

思ったことをつらつらと 三十路真っ只中主婦のエッセイ 

屁っこき妻誕生

Amazonプライム・ビデオのおかげでいつでもちびまる子ちゃんが見られる我が家では、夕食時は大概まるちゃんを観ている。

“ふんだ、オナラぷーだ”と、まるちゃんがお母さんにおならをかける場面。ちびまる子ちゃんフリークの方なら思い浮かべられるであろう。

 

そう、きっかけは【ちびまる子ちゃん】だった。

常にお腹に空気が入っていて、日に何度放屁をかますかわからないわたくし団子。これを真似しないではいられるかと、即座にまるちゃんの真似を始めた。放屁の相手はもちろん夫である。

 

一緒に暮らし始めて間もない頃は、一応おならを気づかれないように努力をしていた。

だがしかし。おならは生理現象である。我慢は体にも良くない。そして何事も最初が肝心。程なくして夫にカミングアウトしたのだ、わたしは屁っこき魔であると。そして夫からかけられた言葉は、

 

出しなさい。

 

これである。

これはもう出していこうと心に決め、今に至る。

なんなら良い音を出そうと力を込めて放屁をする始末。そしてそれを動画におさめようと暗躍する夫。そう、夫は面白さを求める人だったのだ。

こうして日常的に夫におならをかける屁っこき妻が誕生したわけである。

 

おならを笑ってくれる夫で本当に助かっている。美しさや可愛らしさ、いわゆる女らしさよりも、面白さを求める人なのだということに気づいたのは結構最近のことではあるが、一緒に暮らしていく中でこれは非常にありがたい習性である。一般的におならは失態として扱われることが多いだろう。特にわたしはおならが異常なまでに出るので、これを毎回失態として扱われてしまったら非常に辛いところだったが、笑ってくれるのだから有難いことこの上ない。

 

これは何もおならに限った話ではない。

悪い部分も含め自分をさらけ出すということはそれなりに勇気が要ることである。しかし共に生活をしていくとなった時、これを早い段階で実行しておく必要があると考えたのだ。我慢や気苦労が多い生活は長くは続かない。相手の習性を見極め、折り合いをつけながら、癇に障らない距離を保つ。これが長続きする秘訣ではないだろうか。と、結婚1周年を迎えたひよっこが言ってみる。

 

これからも面白さを提供出来る妻でありたいと思う今日この頃である。